小林健治

今から25、26年くらい前、私が部落解放同盟中央本部の教育・宣伝機関、解放出版社の事務局長になって、数ヶ月したときのことである。 古参の職員の一人から、実は前任者の事務局長が、裏口座に隠し金をプールしていたことを知らされた。その額は、およそ2000万円を超え、半分近くは、すでに使われていたように思う。指示したのは、当時の解放出版社の理事長だったM先生で、事務局長から編集部職員を通して、裏金を作っていた。 手口は、架空印税を計上した、とそのとき聞いた。一連の事情を周囲の職員に気づかれないよう聴取した後、解放出版社担当の中央本部K執行委員に、報告を兼ねて相談に行った。 K執行委員は、誰が指示したか、何の目的に使用したかが問題ではなく、出版社の金を組織全体の了承なしに個人所有した点を批判はしたものの、前任者に弁済を命じることも、加担した編集担当者の女性を罰することも、そして、対外的に公にすることもなく、“穏便”に内部処理するよう指示された。事務局長としての私も、まったく同意見だったので、この件は、それで終わった。警察・検察権力を介在させるような刑事告訴などは考えもしなかった。件(くだん)の編集担当の女性は、前任の事務局長のパートナーであったが、その後、今日まで退職後も解放出版社に在籍して活動している。 民間や行政関係機関では、このような形の収束は難しいかも知れないが、当時の反差別社会運動団体・部落解放同盟の精神的基調からは、当然の温情的で配慮のある処置であったと考えているが、どうだろうか。